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「やおい漫画」――やおいを牽引する者にとっての愛の意味
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「やおい漫画」――やおいを牽引する者にとっての愛の意味

Continued from the previous step, we discuss Yaoi and related works by readind the excerpt of book "Adults Don’t Understand" by Nobi Nobita.
© Keio University

これは、野火ノビタによる「大人はわかってくれない」(1)(“Otona wa wakatte kurenai” in Japanese) (日本評論社、2003 年) からの英語翻訳版です。 野火は、やおい漫画作家として彼女の創作活動を開始しました。皆さんが前のステップでこの論文の前の部分をすでに読んでいると想定します。そうでない場合には、前のステップに戻ってください。

まず初めに、一口に「やおい」同人誌と言っても、同性同士のセックスシーンしかないものは実際は少なく、性描写を含むこと以外は少女マンガ的な恋愛物語であることが多いことを指摘しておきたい。その場合は「やおいあり」などと表記したりもするが、ヤマもオチも意味もある作品でも性描写を含めば総称して「やおい」と呼ぶ。また明確な性描写がなくても、男性同士の恋愛を扱っていれば「やおい」に含められる場合もある。つまり「やおい」のムーブメントは確実に性描写から始まったのではあるが、「やおい」にとって重要なのは男性同士が愛し合うこと、その関係性なのであって、性描写それ自体に限定的に固執するばかりのものではないのである。

人はなぜやおい漫画を読むのでしようか?

やおいは、生々しい性的記述が描かれているジャンルとして知られています。しかし、野火が上で述べているように、重要な点は恋愛関係であり性的関係ではありません。ではなぜこれほどに多くの人達がやおい漫画を読みたがるのでしょうか?
ではどのような人々が「やおい」を消費生産しているのだろうか? ダサくてブスで男にモテない処女、というのはよくなされている悪意ある誤解である。コミケットは東京国際展示場を全館使用して三日間開催してもなお落選サークルが大量に出る。その半数を女性向け、またその半数を「やおい」サークルとして考えても、莫大な数となる。さらにサークルとして活動していない、消費するだけの来場者の数も合わせれば、その総数は計り知れない。そのうえ、即売会には出向かずに、通信販売や書店販売だけを利用している人々の数も入れれば、もっと膨大な数になる。つまり、そこにはいろいろな人がいるということだ。(このことは女性オタクに限らず男性オタクにも言えることである)。年齢層も幅広い。ボリュームゾーンは中高生だが、上限は四〇歳を越えている。主婦で子どもも持ちながら活動している人も相当数いるのである。最近はネットの普及で、オンラインから活動を始める人も急激に増えているようだ。**(英語版にない文章)海外の少女が日本のサイトに飛んできて、「I LIKE YAOI」と掲示板に書き込んだりするのである。 **
このような雑多な人々が、「二人は愛し合っているのよ!」という共同幻想のもとに、同人誌を生産消費しているのが「やおい」の現場なのである。そして私はそのなかの一人なのである。

女性のキャラクターのいない作品を女性が読む

主として日本の状況では、やおいのジャンルは女性の視聴者によって支持され、作品が購入されています。皆さんはおそらく、やおいの女性ファンを意味する腐女子 (腐った少女) について聞いたことがあるでしょう。しかしなぜこのような女性の読者は、女性キャラクターのいないやおい作品を熱心に読むのでしょうか?
「やおい」の関係のなかには、当たり前だが女性が存在しない。その関係のなかに女性が登場した場合、その助成は男性同士のカップルにとっては、その関係の障害となる存在として描かれる場合が多い。そうでなければ、男性同士のカップルの愛を肯定したり、彼らの関係に理解を示したりする存在として描かれる。「やおい」ファンタジーのなかでは、女性は恋愛の主体にならない。描き手も読み手も女性であるのに、それはいったいなぜなのか。なぜ男性同士でなければならないのか。「やおい」を好み、楽しむ側からの、この問へのよくある回答は以下のようなものである。
まず、好きな男を他の女に取られるくらいなら、男に取られたほうがいい、というもの。これはある程度当たっている。「やおい」を好む女性は、同性愛が好きだからといって、自らが同性愛なわけではない。「やおい」を好む女性の性的嗜好はあくまでノーマルである。好きな男性が自分以外の他の女性とカップルになってしまえば、それは即座に完璧な失恋を意味するが、男同士でくっつけてしまえば、失恋に保留がかかるのである。それは他の女性も自分の競争相手にならないことを意味するからだ。成就する前の恋愛とは、一人の男性の愛を勝ち取る競争だが、男性が同性愛者であれば、少なくとも他の女性との競争はあらかじめないことになり、彼女は競争からドロップアウトすることができる。そこで彼女は完璧な失恋だけは回避することができるのである。
しかし、マンガやアニメのキャラ(芸能人でも)がいくら好きでも、架空の(またはそれと同程度に遠い)相手との恋愛はもとより不能なのだから、失恋に保留をかける行為自体がどこか本末転倒だ。(英語版にない文章)またその保留期間のあいだに、自分のかなわぬ恋を差し引いて「やおい」ファンタジーに酔うのであれば、自分自身の恋と、「やおい」と、どちらが目的であるのか曖昧なのであって、「他の女に取られるくらいなら」という回答は結局、「やおい」ファンタジーの霧の中にもみ消されてしまう。したがって、この回答は「なぜ男性同士でなければならないか」という問いの単純な回答にはなりえても、「なぜ男性同士の恋愛を女性が楽しむことができるのか」という問への端的な答えにはならない。
次によくある回答は、男性同士の恋愛が一般社会の中ではマイノリティであり、困難であるがゆえに、その困難を乗り越えて愛し合うということが、その愛の純粋さや強度を示すのだというものだ。一見わかりやすい理由だが、しかしその愛の純粋さや強度を決めるのはいったい誰なのか。当事者でない者がそれを決めるのは失敬ではないか。
現実のゲイの人々に対して、似たような理由で好意を感じ女性もいるが、それは失敬な見方だと私は思う。実際に、そういった見方に不快感を感じるゲイの方もいる。しかし、これは双方が幻想と現実を混同している。「やおい」はあくまでファンタジーであり女性の作り出した幻想であって、現実のゲイとは全く別のものだ。(英語版にない文章)「やおい」ファンタジーに登場する男性は、男性の姿をしていなくても、あくまで女性の中の内的なイメージであり、現実の男性とは異なる。だから「やおい」を好む女性は自分の幻想を現実のゲイ関係に決して押しつけてはならないし、ゲイの男性も彼女たちの幻想に傷つく必要はないのである。現実のゲイの男性は、彼女たちの幻想の当事者ではない。また、自明のことだが、彼女たちは現実のゲイ関係の当事者ではありえないのである。
(英語版にない文章)しかしまさにこの、彼女たちが「当事者ではない」ということこそが、「やおい」が奇妙に見える理由であり、と同時に「よあい」の本質に深くリンクしているのである。最初の問に戻ろう。
「男性同士の恋愛ないしは性行為をなぜ『当事者でない』女性が楽しむことができるのか」。このように、最初の問いに「当事者ではない」という言葉を差しはさんだだけで、愛の強度ゆえ、という回答がこの問いに対して無効であることがわかるだろう。無効でなくても、非常に軽々しい、真剣味のない言いようになってしまう。自分も含めて、彼女たちの「やおい」へのむしろ真剣で強い情熱を思えば、この回答はそれに不釣り合いに薄っぺらである。それは言い逃れのように、私には感じられる。端的に言うならば、愛の強度を理由にするという行為には、正当化とある種のごまかしが潜んでいるのである。
(英語版にない文章)「やおい」を動かしているのは、たしかに愛である。だがしかし、愛は美しいものであるがゆえにいろいろなものを見えなくする。私はこれからこの問に答えていこうと思うのだが、その前に愛についてひとまずおこうと思う。「やおい」を好む女性は、「やおい」カップルの愛の深さを追求するのが好きだし、そこにこそ酔うものだ。しかしそれだけならば、普通の男女のカップルの恋愛を描いた少女マンガや、その他の恋愛物語を楽しむ場合と変わらない。だが「やおい」が特異なのは、その愛の実践者のなかに女性の姿を見出だせないことだ。そして「やおい」は必ず性的なコードを含む。たとえどんなにプラトニックなものであっても、カップルがひかれあうならその瞬間に、すでに性的な情動は存在する。それもまた他の通常の恋愛物語と何ら変わらないが、セックスが肉体を介在して行われる以上、自分とは異なる肉体のうえに行われる性行為に興奮するというのは奇異に見えるだろう。

やおい漫画を読む背景は?

すでに明らかになったように、野火は、女性の読者がなぜやおい漫画を読みたがるのか、また読む必要があるのかということについて、その理由を分析しましたが、簡単な回答を与えてくれていません。それは、なぜやおい漫画を人が読みたがるのかについて考えることは、人がどんな種類の関係性を持ちたいのかもしくは持ちたくないのかを考えることと同じだからです。野火によれば、やおい漫画の読者が避けたいと考えることは、ひとりに一つの体ということです。これについては次項で読むことになります。重要な疑問点として、なぜ女性たちが自分たちの体を認めようとしないのでしょうか。
重要なのはむしろ、彼女たちはなぜ、自分自身のままでは抱かれたくないのかを考えることだ。彼女たちは自分の現実の肉体によって性行為を行うことに、大なり小なりコンプレックスを抱いている。性行為自体に強烈な嫌悪を抱いている場合もあれば、ごくささやかに憂鬱である場合もある。あるいは、自分自身が性的な欲望を抱くとことに同様に否定的であることもある。だからこそ、彼女たちは自分の肉体ではなく、男性の肉体に代行させた性行為に安全さや気楽さを感じているのである。そこに漂うのは、平穏無事な場所からただ単に気楽さを求めてゆく怠慢や逃避ではなく、内圧に押し出されてゆく切迫した気分なのだ。
ただし、このことは「やおい」を好む女性が全て性的に不能であるということを意味するのではない。すでに述べたように、現実は現実として割り切っている女性も多いことは付記しておく。ただ、現実から解き放たれたファンタジーのなかで、モアベターを求めたときに、彼女たちは「やおい」を選んでいるのである。

多くの場合、やおいの女性読者たちは、2 種類のキャラクター間における「対等な関係」を認識したいのだといわれています。実際には、女性たちは、このような関係を構築することはほとんどできません。さらに、一部の女性たちは、自分たちの体を不快に感じているのです。というのは、彼らは多くの場合、社会で物とみなされており、やおい漫画は、読者が両キャラクター間の恋愛関係を安全に楽しむことができる、このような障害のない一種のファンタジーを彼女たちに提供するからです。

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