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若者の領域を守るには

Restrictions Imposed for Securing the Youth’s Sphere
© Keio University

前回のステップでは、全国高校野球大会と、それに関連したバトルもののサブジャンルである野球漫画を扱いました。これら一連の現象で特異なのは、日本文化では「部活動」が非常に重要視されていることです。

「部活動」

高等学校への進学率が極めて高く(文部科学省によれば2010年には97%超(1))、日本においては、若者の生活とは実質的に中高生の生活と同義であると言ってよいでしょう。学生としての生活が、若者の人生の大部分を占めているのです。このような状況下で、日本の漫画とアニメは学校の活動、とくに運動部の活動に、日本文化に馴染みのないものとっては理解不能なほど大きな比重を置いています。

中澤篤史は、日本の学校活動のシステムには、5つの謎があると述べています。(1)他の国では見られないほど大規模に組織されている一方で、(2)あくまで課外活動であり義務化されてはおらず、(3)生徒主導ではなく学校・教師主導の活動であり、(4)多大な学校の費用と、より重要なことに教師個人の労力により運営されているために、(5)同種の活動を地域のコミュニティに移そうとういう試みがなされてきたが成功しなかったという点です(2)。これらは、第二次世界大戦後の日本の教育システムの複雑な歴史のせいですが、中澤によれば、日本の(運動部の)部活動の歴史は、簡単に言えば、民主主義/平等主義と、エリート主義/統制志向教育との融合の歴史でした(3)。言い換えれば、(とくにスポーツの)課外活動が学生に公式に課せられたのは、リベラルで公平なスポーツマン精神を若いうちに養う一方で、集団(つまり社会)生活における学生の倫理規範と生活態度をコントロールするためでもあったのです。興味深いことに、これらの一見矛盾した目標は、日本の若者の物語において、善良でひたむきな若い学生が激しい競争を繰り広げるのに相応しい舞台を提供してきました。

スポーツ漫画とバトルもの

この文化的土壌のおかげで、野球以外の様々な部活動も、バトルもの形式の物語に登場する機会を得ました。日本社会にとって画期的だった作品、高橋陽一の『キャプテン翼』(『週刊少年ジャンプ』1981~88年連載)は、スポーツ漫画の歴史に忘れることのできない業績を残しただけでなく、日本の子どもたちの間のサッカー人気を大いに後押しし、1991年の日本プロサッカーリーグ創設の基礎を築いたとも言われています[fig.1]。

Captain Tsubasa Fig.1. 『キャプテン翼』1巻 表紙 高橋陽一 集英社 1989

サッカーの天才、大空翼は、南葛市に引っ越し、南葛小学校のサッカー部に入部して、手ごわい敵やライバルと出会います。物語の舞台は1980年代の小学校に設定されているものの、システム全体は甲子園ものから取りいれられたのは明らかです。その意味で、サッカー漫画のまさに先駆けである『キャプテン翼』が、初期の野球漫画と同じく、対象読者を楽しませるために非現実的なスーパープレーも利用しているのは興味深いところです。

許斐剛の『テニスの王子様』(『週刊少年ジャンプ』1999~2008年連載、『ジャンプスクエア』2009年から現在まで新シリーズ連載中)には、また別の天才が登場します。主人公の越前リョーマは、アメリカのジュニア大会を連覇してその才能を証明した後、日本に帰国して青春学園中等部に入学し、チームメイトと共に全国大会を目指します[fig.2]。この講義の趣旨にとって重要なことに、この作品で描かれるのは団体戦に限られています。個々の選手は、所属する学校を代表してプレーするのです。

Tennis-no Oji-sama Fig.2. 『テニスの王子様』1巻 表紙 許斐剛 集英社 2000年

バスケットボールでは、井上雄彦の『SLAMDUNK』が最も有名でしょう[fig.3]。赤い髪の問題児、桜木花道は、全くのバスケ初心者でありながら、湘北高校のバスケットボール部に突然スカウトされます。生まれながら身体能力に優れた花道はチームの主要メンバーとなり、インターハイ優勝を目指すのです。

Slam Dunk Fig.3. 花道はバスケットボールのユニフォームの上から学校の制服を着ている。 『スラムダンク』1巻 表紙 井上雄彦 集英社 1991年

同様に、渡辺航の『弱虫ペダル』(『週刊少年ジャンプ』、2008年から連載中)に登場する小野田坂道は、オタクでしたが、日常的に秋葉原まで自転車を45km走らせることで、優れた自転車競技選手としての能力を密かに育み、総北高校の自転車競技部に入部することになります[fig.4]。

Yowamushi Pedal Fig.4. 体操服で自転車部員と競争する坂道。 『弱虫ペダル』2巻 p18-19 渡辺航 秋田書店 2008年

花道や坂道ほどの素人というわけではありませんが、古舘春一の『ハイキュー!!』(『週刊少年ジャンプ』、2012年から連載中)に登場する日向翔陽も、烏野高校バレーボール部に入部した時点ではバレーボールの経験豊富というわけではありませんでした。ですが背は低いながらも、技術と経験上の不利を、優れた身体能力で補います[fig.5]。

Haikyu!! Fig.5. 仲間がトスしたボールをスパイクする翔陽 © ハイキュー‼ 2巻 p12-13 古舘春一 集英社 2012年

上述の三作品の主人公は、それぞれの学校の運動部に入部し、高校生のために特別に用意されたバトルの場へと足を踏み入れます。同時に、彼らが予め個人的な習慣から培った(身体的)アドバンテージを持っていることには注意が必要です。ある意味で、彼らは神、もしくは作者によって、物語のヒーローになりその地位を維持するための補助デバイスを与えられているのです。

この公式は、鈴木央の『ライジングインパクト』(『週刊少年ジャンプ』1998~2002年連載)のガウェイン・七海にも当てはまります。ゴルフの名門校キャメロット学院に通う10歳のガウェインが優れた選手となり得たのは、生まれ持った才能だけでなく、子ども時代に福島県の山の中で培った身体能力のおかげでした[fig.6]。

Rising Impact Fig.6. 『ライジングインパクト』1巻 p50 © 鈴木央 集英社 2007年

これらの作品に見られる「パワーアップデバイス」と「部活動の構造」の融合から、登場人物が参加する活動の「身体性」に気づくことができるでしょう。競技スポーツは、学生のレベルであっても、参加者にある程度の身体的強さと能力を必ず要求するものです。その一方で、バトルの物語の詩学は、ヒーローたちに「ほんとうに」普通の人間であることを許さないために、欠けているように見える才能を補う手段が必要となるのです。

身体能力を必要としない争い

しかし、非身体的なスポーツでは、このような制限はもっと簡単に破ることができます。理論的には、若者も精神面・頭脳面では年長者を打ち負かすことができるからです。このことは、碁盤の上に目を向ければ明らかです。白と黒の碁石を使う極東のボードゲーム、囲碁には、年齢や性別に拘らずプレーヤーを平等に縛る厳しいルールがあります。ほったゆみ原作・小畑健作画の『ヒカルの碁』(『週刊少年ジャンプ』1999~2003年連載)では、主人公の進藤ヒカルには本物の「霊」感が与えられています。千年前の天才棋士藤原佐為の霊がついているのです[fig.7]。少年とは別個の存在として「才能」を視覚化することで、この作品では少年のバトルものの構造を暴露しました。

Hikaru-no Go Fig.7. 『ヒカルの碁』1巻 p136 © ほったゆみ/小畑健 集英社 1999年

高橋和希の『遊☆戯☆王』(『週刊少年ジャンプ』1996~2004年連載)では、主人公の遊戯は作品初期には各種の知的ゲームで、後にはカードゲームのデュエルモンスターズで、何人もの対戦相手と対決させられます[fig.8]。この作品でも、遊戯はゲーム中に現れるもうひとつの闇の人格という形で特殊な才能を与えられています。

Yu-Gi-Oh! Fig.8. 『遊☆戯☆王』10巻 表紙 高橋和希 集英社 1998年

試合を判定する専門家がいる場合、物語はより平和で現実的でありながら、若者が偉業を成し遂げる余地も残されます。寺沢大介の名作『ミスター味っ子』(『週刊少年マガジン』1986~90年連載)では、テレビ番組『マスターシェフ』さながらの競争が描かれます。主人公は、有名なシェフだった父の死後、小さな食堂を切り盛りする母親を手伝う14歳の少年、味吉陽一です[fig.9]。陽一は、料理の才能と豊富なアイディアを持ち、味皇料理会グランプリコンテストに出場して様々なライバルシェフと競い合います。料理対決は、通常「味皇」村田源二郎によって審査されます。

Mister Ajikko Fig.9. 『ミスター味っ子』19巻 表紙 寺沢大介 講談社漫画文庫 1990年

この競技の枠組は、書道というさらに意外なジャンルにまで見られます。河合克敏の『とめはねっ! 鈴里高校書道部』(『週刊ヤングサンデー』2007~2008年、『ビッグコミックスピリッツ』2008~2015年連載)は、書道部の活動に打ち込む少年少女の高校生活を中心に描いていますが、物語の大部分を彩るのは私的・公式の書道対決です[fig.10]。この作品では、主人公の大江縁は生まれつき手先が器用だとはされるものの、書道の経験はほとんどありません。しかし熱心な訓練によって技術を磨き、書道家たちに認められてゆくのです。

Tomehane! Fig.10. 『とめはねっ!』3巻 p103 河合克敏 小学館 2008年 Fig.11. 『とめはねっ!』3巻 p121 河合克敏 小学館 2008年

以上、簡単に紹介した作品群には、若い主人公を忍術や魔法といった非現実的なデバイスの助けなしにヒーローのままでいさせるという、一つの公式が確立されていることを示しています。戦いの場を学生のみに限定することや、全ての参加者が従わなければならない厳しいルールを課すことで、読者・視聴者はある程度の現実味とともに、若者の真剣勝負を楽しむことができるのです。

© Keio University
This article is from the free online

日本のサブカルチャー入門

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