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総合芸術としてのノグチ・ルーム

総合芸術としてのノグチ・ルーム

ノグチ・ルームは、建築・彫刻・庭園が談話室と相互に調和する空間でした。この空間を作り上げたノグチの思想を紐解きながら、その特徴を考えていきます。

慶應義塾の理念の体現

第2研究室は、谷口が設計した三田キャンパスの他の建築物と同じように、モダニズム建築らしい装飾を直線的なフォルムと、演説館を参考にした縦長の上下窓を具えています。

大学教員の研究室が入るこの建築物は演説館に隣接する地に建てられたため、谷口は新萬来舎と呼ばれることになるこの建物においては、より演説館、ひいては慶應義塾の理念との親和性を求めていたはずです。それと同時に、造形面を離れても、学生と教員が互いに同じ目線で語り合い、学び合うことのできる空間は、慶應義塾を象徴する「半学半教」の精神をも実現していたといえます。

配置図
図中11で示された建築物が第二研究室、1が三田演説館。(出典:『慶應義塾百年史』下巻、慶應義塾編、1968年)

室内デザインの造形的意図

この建築物内にノグチがデザインした談話室は動画内で見られるように、外形とは対照的に曲線を主体として構想されています。この部屋のために制作された家具、特に長椅子やテーブル、暖炉なども、部屋の形状に呼応した緩やかなカーブが用いられています。

立面図
第二研究室の立面図。モダニズム建築の特徴である直線性がよく現れている
平面図
第二研究室の平面図。一階西側の部分がノグチ・ルーム
談話室詳細図
ノグチ・ルーム平面図。真円形の暖炉をはじめ、矩形の外枠に対して曲線が多用されている

ノグチはこの仕事に関して、自らの出自と絡めて、西洋と東洋を融合しようと試みました。そのことは特に床面に表れています。すなわち靴のままアプローチ可能で椅子が設置された土間部分、立っても座ってもよいフローリング部分、そして畳が敷かれた床の間部分が一体となったデザインになっていて、この空間ではあらゆる行為が可能だったのです。空間の中心として真円の暖炉が配され、求心的な役割を果たしています。

ノグチ・ルーム1032
土間、板の間、小上がりという高さの異なる三種類の床面を用意することで、ノグチは西洋と東洋の両方の生活様式に対応させた(撮影:平剛)
ノグチ・ルーム内部
曲線が強調される内観(撮影:平剛)
談話室(腰掛、大テーブル)スケール1/20
腰掛、テーブルともに、緩やかなカーブを描いている

ノグチは洋の東西だけでなく、素材の対立をも調停しようとしていました。ノグチ・ルーム内を見渡すと、床面や家具といった部分には木材やイグサといった有機的素材が多用されていながら、暖炉を挟む円柱や土間の角柱にはコンクリートという工業素材が用いられています。このことは、木製パネルとコンクリートが明確な境界線を形成する天井を見上げれば一層はっきりと認識することができるでしょう。

ノグチ・ルーム内部(白黒)
床面だけでなく天井にも段差が設けられており、空間ないの多層性を生み出している(撮影:平剛) 腰掛 床や天井の板や家具の藤、イグサ、土間の石といった自然素材と、柱のコンクリートが共存している(『萬來舎』p28.29)

素材同士の対立はノグチのデザインによって対話となり、一体となって穏やかな時間が流れる空間を形成します。これこそ彼が求めていたものでした。ノグチは、この仕事の前に見た京都の桂離宮や詩仙堂のような、その場所にいる人物が思索する環境を整えようとしていたのです。

自然の素材と人工的な対話と融合による環境の創出。その点で、ノグチのデザインは談話室内だけで完結するものではありませんでした。この対話はむしろ、ノグチが空間空間と同時にデザインした建築物の前庭と西庭、そしてそこに設置された3点の彫刻によって強調されているのです。

建築、彫刻、そして庭園

ノグチがデザインした庭園もノグチ・ルームと同様に、隣接する第2研究室が見せる、水平性や垂直性による直線的な印象と好対照をなす曲線で構成されています。生物のようにうねるその輪郭線が建築の直線と並置されることで、独特の表情を生み出しています。そしてそこには、鉄やブロンズ、セメントといった人工物で制作された彫刻が置かれ、強いアクセントを形成しているのです。

庭園含めた図面
ノグチ・ルームと周囲の庭園、彫刻作品の位置関係(芝山哲也「新たな拠点にふさわしい対話の場の創造」慶應義塾大学アート・センター編『BOOKLET 13:記憶としての建築空間/イサム・ノグチ/谷口吉郎/慶應義塾大学』慶應義塾大学アート・センター、2005年、p. 84)
庭と無 第二研究室2階から見た庭園の様子。《若い人》は後に《無》の近くに移設された(『萬來舎』p38.39)

また、こうした庭園は独立して存在しているのではなく、ノグチは内部の談話室との関連をもたせています。つまり彼は、談話室の内部からどのような風景が見えるかを計算した上で、建築、庭園、彫刻、そして談話室の内部空間が全て関連しながら調和することで初めて完全な効果を発揮するようにデザインしていたのです。例えば、建物の西側に配置された《無》が西日をその円環のなかに宿し、さながら灯篭のようになるという場面が室内から見えるようになっていた点からも、そのことが窺えます。そして、土間とフローリングの床の高さの差を少なくし、また開口部を床まで取ることで、内部/外部の区別を弱め、連続性を強調しているのです。

室内からの《無》の写真 ノグチ・ルーム内部から見た庭園と《無》(『萬來舎』p.32)

この各芸術の複雑な相互作用だけでなく、ノグチが手がけた空間デザインとして初めて実現した作例としても極めて重要な作品であったといえます。これはどれか一つの要素が欠けても成立しない、サイトスペシフィックな芸術でした。しかし、以降のステップで見るように、この貴重な文化財は失われてしまうことになるのです。

This article is from the free online

Invitation to Ex-Noguchi Room: Preservation and Utilization of Cultural Properties in Universities――旧ノグチ・ルームへの招待:大学における文化財の保存と活用

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