Skip main navigation

文化財の保存に必要なもの

文化財の保存に必要なもの
© Keio University
法科大学院棟のテラスに移設を余儀なくされたノグチ・ルームは、新たな空間デザインを求められました。担当したのは建築家の隈研吾でした。ここでは新たな空間デザインがつくられる過程を学んでいきます。

ノグチ・ルームの移設という名の破壊

最終的にノグチ・ルームは新校舎建設のため解体、移設を余儀なくされました。その理由はやはり、文化財としての価値の認識が慶應義塾の学内で共有されていなかったという点に求められます。

サイト・スペシフィックな特徴をもち、建築、庭園、彫刻が調和した総合芸術としてのノグチ・ルームをその文脈から引き剥がすことは、作品の同一性を喪失させることと同義です。それゆえ、不十分な形での移設はもはやイミテーションでしかなく、ノグチ・ルームの素材を用いながらも新しく、かつ異なった空間を創出しなければならないという問題を生じることになりました。

2004年10月、法科大学院棟のテラスに移築されることになったノグチ・ルームを核とする第2研究室棟の周囲がランドスケープ・デザイナーのミシェル・デヴィーニュに、移築後の空間デザインが移築検討会議のメンバーだった隈研吾に委嘱することが決定されます。

隈研吾の室内空間

隈が直面したのは、アイデンティティを失った建築物を移築、保存を求められる一方で、元の建築物と同じ空間を維持することを許されないという、矛盾した目的を追求しなければならないという難題でした。このことについて、彼は雑誌『新建築』上で以下のように述懐しています。

コンクリートというそれ自体が抽象化された匿名な物質で作られた近代建築の保存、復元、創造とはそもそも何か。それらの一見対立したかに見える諸概念を/(スラッシュ)という操作によって接合できないかと考えた。この与件の困難は、成熟期の都市においてはもはや例外とは呼べない。対立に代わる方法を我々は真剣に探る時期なのである。

ノグチ・ルーム内部 現在の旧ノグチ・ルームと、かつてのノグチ・ルームの様子。壁だったところ意外にも白い布が配されているのがわかる。新旧で全く別の空間となっている(左 撮影:平剛/提供:福澤研究センター 右 ©️慶應義塾大学アート・センター/撮影:新良太)

建築の保存と文脈の喪失

すでに飽和した都市においては建築物のスクラップ・アンド・ビルトはもはや不可避であり、老朽化その他の理由で解体されるのは、文化財といえども例外にはなり得ません。その状況はノグチ・ルームの件から20年弱が経過した現在、改善されているとはいいがたいでしょう。隈が指摘しているように、そして上記の文章のタイトル「保存/クリエーション」というタイトルが示すように、文化財としての建築物の維持に際して移設や一部だけの保存といった、何かしらの創造行為を内包する形はむしろ増えていくようにも思われます。

それは歴史的、意味的文脈を奪われ美術館に収められた絵画や彫刻を思わせますが、作品そのものの喪失を免れるという点に目を剥けるならば、単純に是非を問うべきではないかもしれません。一方で、意味から切り離されることにより作品としての同一性もまた失われ、作家が制作した時点での完全性が犠牲になっているということは忘れるべきではないでしょう。それにより確かに、文化財の重要な側面が損なわれているのです。

全ての文化財、芸術作品にこのことが当てはまるという訳ではありませんが、ノグチ・ルームにおける各芸術の調和や立地がもつ重要性を考えるなら、この文化財にとって場所の移動そのものがいかに致命的なものであったかがわかるでしょう。わずかに《無》が旧ノグチ・ルームの前に現在も設置されていますが、建築物と彫刻の位置関係はかつてのそれとは異なっており、彫刻の向きも変化しています。

無の位置関係

このことからもわかるように、移設によって、もはやノグチが意図した各芸術の相互関係による空間デザインは崩壊してしまいました。さらに互いに参照するべき演説館と水平距離も高さも遠く離れることにより、谷口が思い描いた慶應義塾の、ひいては福澤の理念の継承という、学校にとり重要であるはずのコンセプトを学校自身が破壊してしまったのです。

悲劇と呼ぶほかないこの顛末を導いたのは、冒頭にあるように、価値の認識が共有されていなかったことにあります。たとえ当初は価値を認めたがゆえに保存のため使用を控えていたとしても、価値の発信もなしにほとんど死蔵していれば忘れられるのは道理でしょう。ノグチ・ルーム移設にまつわるさまざまな議論はこの点を浮き彫りにしました。私たちはこのことから、優れた文化財だとしても、顕在化させなければ保存することは難しいという教訓を学ばなければなりません。つまり文化財の保存、継承には価値の発信と、それに絡めて保存に配慮した適度な利用が重要なのです。

隈研吾(1954-)

神奈川県出身の建築家、デザイナー。機能性を重視したシンプルなモダニズム建築に対し、それが排した装飾性などの復活を求めたポスト・モダン建築を制作。のちに木材のような自然素材を活用した建築に移行し、根津美術館や浅草文化観光センターなどを設計している。

© Keio University
This article is from the free online

Invitation to Ex-Noguchi Room: Preservation and Utilization of Cultural Properties in Universities――旧ノグチ・ルームへの招待:大学における文化財の保存と活用

Created by
FutureLearn - Learning For Life

Our purpose is to transform access to education.

We offer a diverse selection of courses from leading universities and cultural institutions from around the world. These are delivered one step at a time, and are accessible on mobile, tablet and desktop, so you can fit learning around your life.

We believe learning should be an enjoyable, social experience, so our courses offer the opportunity to discuss what you’re learning with others as you go, helping you make fresh discoveries and form new ideas.
You can unlock new opportunities with unlimited access to hundreds of online short courses for a year by subscribing to our Unlimited package. Build your knowledge with top universities and organisations.

Learn more about how FutureLearn is transforming access to education