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平家物語・中院本

古活字版と整版

このステップでは、『平家物語』を例にとって、具体的に古活字版の特徴を説明した後、『日本書紀』を例にとって、古活字版と整版の違いについて説明していきます。

『平家物語』から見る古活字版の特徴

『平家物語』は12世紀末の源氏と平氏という2つの武家勢力の間で生じた戦乱を軸に、平清盛ら平家一門の興隆から滅亡へと至る歴史を描いた、軍記物語の代表的作品です。『平家物語』は13世紀前半には成立していたことがこれまでの研究で解っており、琵琶法師によって節を付けて謡われる平曲の形で、あるいは読むための書物の形で、中世日本において幅広く受容されていた作品です。にもかかわらず、この『平家物語』はやはり、中世期には出版されることはなく、近世初頭になって初めて活字で印刷されることになりました。古活字版の中で、『平家物語』は最も多種のエディションの存在が確認されている作品です。川瀬一馬氏の調査によれば『平家物語』の現存する古活字版は使用されている活字の違いを基準として10種類に大別できます。慶應義塾はそのうち以下の五種類、総計七点の古活字版『平家物語』を所蔵しています。

  1. 下村本
  2. 十一行平仮名本(河原町仁衛門刊)
  3. 附訓片仮名本
  4. 中院本 校語附載本及び無校語本
  5. 十二行平仮名本 同異植字版

1. 下村本

Tale of the Heike, Shimomura-bon 図1. 下村本
左:第十二冊刊記部/中:第一冊の本文冒頭部/右:第一冊の表紙
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下村本は、巻末に「下村時房(しもむらときふさ)」という人物が刊行した旨の一文が印刷されていますが、どういった人物なのかは解っていません。出版年も記されてはいませんが、慶長年間(1596-1615)の刊行と推定されています。ちなみにこの本には「西荘文庫」という蔵書印が捺してあり、ここから江戸後期の伊勢松坂の豪商であった小津久足(おづひさたり)がかつて所蔵していた本であるとわかります。

2. 十一行平仮名本(河原町仁衛門刊)

Tale of the Heike, Jūichigyō hiragana bon 図2. 十一行平仮名本(河原町仁衛門刊)
左:第六冊刊記部/中:第一冊の本文冒頭部/右:第一冊の表紙
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十一行平仮名本(河原町仁衛門刊)は、巻末に一方(いちかた)流の平曲の謡い手たちによる本文の吟味を経たテキストを、京都の河原町に住んでいた「仁衛門(にえもん)」という人物が出版した旨が記されていて、元和年間(1615-1624)の刊行と推定されています。

3. 附訓片仮名本

Tale of the Heike, Fukun katakana-bon 図3. 附訓片仮名本
左:匡郭の切れ目/中:巻頭/右:表紙
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附訓片仮名本は、寛永年間(1624-1645)の刊行と推定されるもので、この中では唯一、本文の表記が片仮名漢字文になっています(他は全て平仮名漢字文です)。そのことも関係して、この本には中国の書物に起源をもつ匡郭(本文を囲む枠線)があります。古活字版の匡郭は、縦と横の線がそれぞれ別の部品で構成されており、そのためしばしば匡郭の四隅に隙間が生じることがあります。本書でもそれが確認できます。こうしたことから、この匡郭の四隅の隙間が整版と古活字版とを判別する指標となっています。ただ、この判別方法は、匡郭のない書物には通用しませんので万能ではありません。

4. 中院本 校語附載本及び無校語本

Tale of the Heike, Nakanoin-bon with editorial note 図4. 中院本 校語附載本
左:巻末跋文/中:巻頭/右:表紙
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Tale of the Heike, Nakanoin-bon without editorial note 図5. 中院本 無校語本
左:巻末跋文なし/中:巻頭/右:表紙
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中院本は、公家の中院通勝(なかのいんみちかつ)が校訂した本文に基づいて出版した旨の識語が巻末にあるものですが、本文が同一でもその識語がないものとあるものの二種類が存在しています。慶應義塾はその両方を所蔵しています。なお、これらの刊行時期は慶長年間(1596-1615)と推定されています。

5. 十二行平仮名本 同異植字版

Tale of the Heike, Jūnigyō hiragana-bon (1) 図6. 十二行平仮名本 同異植字版
左:第三巻巻頭/中:第三巻表紙/右:第二巻表紙
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Tale of the Heike, Jūnigyō hiragana-bon (2) 図7. 十二行平仮名本 同異植字版
左:第三巻零冊巻頭/右:第三巻零冊表紙
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十二行平仮名本は、中院本の本文をもとに寛永年間(1624-1645)頃に刊行されたもので、非常に小さな活字で印刷されています。慶應義塾は活字の組み方が異なるものも所蔵しています。

このように多種類の古活字版『平家物語』が作られていたわけですが、残念ながら確かな資料が残っていないために、どの本も、いかなる人物によって、正確にはいつ刊行されたのか、不明の部分が大きく残っています。ただ、これだけ異なるエディションが出版されたということは、多くの人々が古活字版の出版に関与していたことを意味しているでしょうし、公家や平曲の謡い手らの協力を得て、良質なテキストを出版しようという、そうした人々の熱心さをそこに読み取ることもできます。

『日本書紀』から見る古活字版と整版の特徴

さて、古活字版が作られた期間は、16世紀末から17世紀前半にかけての約50年間です。ではそれ以降はどうなったのかというと、活字での印刷は衰退し、従来からの整版(木版)での印刷が再び主流となります。ただし、中世のあり方のままに復活したわけではありません。

Nihon Shoki Movable Type edition and woodblock imprint (右:巻頭部)図8. 古活字版『日本書紀』
(左:巻頭部/中央:表紙)図9. 整版『日本書紀』Click to take a closer look

右は、1610年に刊行された古活字版『日本書紀』です。左は整版で、寛永年間(1624-1645)頃、右の古活字版に基づいてそれを木版で覆刻したものです。ちょうどこの寛永年間(1624-1645)の頃から、古活字版で出版された本の整版(木版)での覆刻版が盛んに出版され、その一方で古活字版の書物自体が作製されなくなってゆきます。古活字版はなぜ衰退したのか。その手掛かりのひとつが、この2つの『日本書紀』の比較からわかります。右の古活字版は本文のみが印刷されていますが、左の整版には、本文の左右に訓や返点が多数追加されています。読者にとっての読みやすさという観点からすると、訓点やルビがついている整版の方がはるかに秀でています。結局のところ、これは技術的な問題です。古活字版では、本文に訓点を付す際には、別に訓点用の小さな活字か、あらかじめ訓の付いた活字を大量に作製しなければなりません。この方法は非常に経費がかかりますし、活字で組む以上さまざまな制約があって自由度が高くありません。対して木版(整版)であれば、一枚の板に彫りつけるだけですから、自由に訓点を付けることが可能です。もちろん訓点を付した古活字版の書物も存在しています(『平家物語』の附訓片仮名本等)。とはいえ、恐らく経済的かつ技術的な理由から、あまり普及しませんでした。

古活字版の場合、平仮名や漢字など必要な活字をいったん揃えてしまえば、あとはそれを組み合わせて様々な書物を印刷することが可能になります。むしろ、活字を製作する際に投じた資金を回収するためには、需要に応じて様々な書物を印刷しなくてはならなかったはずです。時代が下り、商売として活字印刷を行う人々が増加してくるにつれ、そうした傾向はますます加速していったことでしょう。ともかくも、古活字版の登場によって、それまで印刷されることのなかった多種多様な書物が出版されるようになったわけですが、さらに古活字版の衰退以後も、その役割は旧来からの印刷技法である整版(木版)印刷によって引き継がれてゆくことになります。このことはまた、近世の前期に至って、整版(木版)印刷によって様々な書物を印刷し、広く販売する商業出版が本格的な形で日本に定着したということでもあります。

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