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やおい漫画:女性の願望を表す、一つの形態

Let's read the excerpt of book "Adults Don’t Understand" by Nobi Nobita to understand the YAOI culture.
Comic cover page of
© Keio University

上の漫画は、野火ノビタによる「大人はわかってくれない」(1) (“Hiko Shonens” [Flight Boys] Ota Shuppan, 1995) (日本評論社、2003 年)からの英語翻訳版です。

野火は、やおい漫画作家として彼女の創作活動を開始しました。このステップの最初の画像は、富樫義博の「幽☆遊☆白書」[Ghost Files] の、2 人のキャラクター、すなわち鞍馬と飛影を描いている、商業出版社から出版された彼女のやおい作品のひとつです。野火は、オリジナルのストーリーでは明らかにされていなかった、鞍馬と飛影との間の恋愛関係を描いています。野火は、上の本の表紙からわかるように、両者間における親密な関係を思い描き、彼らの友人関係を愛へと再生させています。

次の論文で、野火は、生々しい性的描写を頻繁に使用することで、二次創作作品を生み出さざるをえなかった、やおい漫画に魅せられたのかを分析しています。

さて、子どもの頃からマンガが好きであった私は、やがて自分でマンガを描き始めることになるのだが、記憶に間違いながないのなら、私が初めて描いたマンガは、少年同士のセックスシーンであった。だがそれは『風と木の詩』のコピーではなく、完璧なオリジナルでもなかった。それは当時好きだったアニメの男性キャラクターを絡ませたものだったのである。そして、それは強姦ぽいシチュエーションのセックスシーンしかなく、愛さえもなく、セックスそれ自体を描くことが目的の、完全なポルノグラフィだった。
それを描こうとした動機を、私は今も明確に思い返すことが出来る。私は欲望を持っていたのだ。まず、そのアニメの男性キャラクターを愛していたこと。つぎに、愛するゆえに具体的な手段で自ら手を下したかったこと、つまり性的な行為をしたかったこと。そして、手段として選んだのが、自分自身をマンガの中に登場させることでも女性キャラクターに自分の代行をさせようとしたのでもなく、男性キャラクターの手を借りて強引に行為に及ぶということであった。
なぜ、私は「やおい」を目指すのか。それを欲望し、それに欲望の成就を見るのか。私はその欲望を自覚したときからずっと、自問自答していた。それは私にとっては「自分とは何か」と問うようなものだった。以下は、私個人をサンプルとした「やおい」についての自問自答の集積である。

やおいと同人誌

野火は、彼女自身が好み、彼女自身が彼らとの関係性を構築したいと考える漫画/アニメのキャラクターに対する彼女の願望について説明しています。しかし彼女は、彼女自身を投影していると思われる女性のキャラクターを生み出したり、創り出したりしていません。そのかわり、彼女は、彼女が好ましいと思う男性キャラクターが、他の男性キャラクターと同性愛関係を結ぶというファンタジーを獲得したのです。しかし、なぜ野火はこのような奇妙な方法を必要としたのでしょうか?野火についていえば、やおい作品を生み出すことは、彼女自身のアイデンティティに関係があるのです。
「やおい」の語源は「ヤマなし、オチなし、意味なし」の頭の一文字をとったものだ。それは最初は同人誌に限らずマンガ作品全般について、文字どおりヤマもオチも意味もない、物語として成立していない粗悪な作品を指して言うものだった。それは描きたいところだけを描いたもの、たとえばワンシーンのみであったり、冒頭だけ、シチュエーションだけ、といったもののことだ。そして一部の同人グループが、男性同士の性描写のみを描いた自分たちの同人作品を指して、自嘲と揶揄をこめて「やおい」と称したのである。これがのちに同人誌の世界で一般化し、男性キャラクター同士のカラミの部分、またはこうしたシーンを含む作品を指して言う言葉に変容したのである。
また、一方で、竹宮恵子の『風と木の詩』に代表されるような、少年愛を描いた少女マンガも発展していった。現在は書店でコーナーができるほど、男性同士の恋愛を扱ったマンガ・小説が多く流通している。これらの作品はすでに一般の少女マンガとは別に一ジャンルとして成立しており「ボーイズラブ」と呼ばれる。
これは少年愛を英語読みにしたもので、よりライトで日常的であり、明るい傾向の作品も多いことから、耽美的な傾向の強い従来の少年愛ものと区別してこう呼ばれる。同人誌でも、オリジナルのボーイズラブ作品は数多い。しかし現在では、それらは男性同士の恋愛を扱ってはいても、厳密には「やおい」とは言わない。それらはそれがオリジナル作品であるからでる。最初に「やおい」と呼ばれた作品はオリジナル作品であったし、当初は「やおい」にオリジナルとパロディの区別はなかった。しかしこのように「ボーイズラブ」が一般化するにしたがい、そこでは男性同士の恋愛を描くことが自明のこととなったため、オリジナルのボーイズラブ同人誌は特に「やおい」とは呼ばれなくなっている。つまり現在では、「やおい」と言えばパロディ同人誌のことなのである。

女性にとってやおいの重要性とは何でしょうか?

1.19 で読んだ論文に沿ってここでは、ジャンルとしてのやおいはどのようなものであるかについて大まかに把握していきます。皆さんは、漫画/アニメ作品における男性の同性愛的関係に関する、血迷った女性のファンタジーにすぎず、それらのオリジナル作品の設定を破壊しているにすぎないと考えるかもしれません。しかしやおいは女性のセクシャリティだけでなく、社会における彼女らの強調された立場に関する複雑な問題点も提起しているのです。  
無論同人誌を楽しんでいる女性が全て「やおい」が好きなわけではなく、興味のない人も、むしろ不快感を抱く人もいる。女性オタクも男性オタクと同様、アニメやマンガやそのキャラクターがただ好きなのには違いない。だがそればかりでは彼女はくくれない。その曖昧さは、「やおい」の理解しにくさと無縁ではないのではないだろうか。もし彼女たちが単純に男性オタクと同様にマンガアニメのキャラが好きだということだけならば、彼女たちは一様に男性同士ではなく男女の恋愛パロディマンガを描くだろう。だが、事実は違う。パロディには性的描写を含まない作品も多いし、男女のキャラの恋愛を扱った作品もある。(その場合は「やおい」と区別して「ノーマル」と呼ぶ)が、女性向けパロディの半数かともすればそれ以上が「やおい」なのである。それぞれのサークルの傾向は多種多様であるし、コミケに並ぶ全部の本をチェックするわけにもいかないので、全サークルや同人誌のなかの「やおい」含有率を正確に把握することはできないのだが、これは私個人がサークルとしてその場に参加して感じた実感である。

野火は、男性と女性のオタク間には違いがあると述べています。女性のやおい同人誌には、なぜ、頻繁に性的心象が必要なのでしょうか? 性的心象は、何を表わしているのでしょうか? 皆さんは、次のステップでこの論文の抜萃の残りの部分を読みます。

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