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ノグチ・ルームが残した教訓と日吉寄宿舎

ノグチ・ルームが残した教訓と日吉寄宿舎
© Keio University

ここまでのステップでで見てきたように、ノグチ・ルームは解体され、部分的に実行された移築に際しても不十分な形となってしまいました。第2週で詳しく見るように、旧ノグチ・ルームは意味的連関を剥奪された状態になってしまったからこそ、文化財の保存を考えてもらうための素材として利用することで新たな価値をえたといえるかもしれません。

では、実際にノグチ・ルームの顛末が、他の文化財の保護に役立っているのでしょうか?実はノグチ・ルームの件のあと、同じ慶應義塾の建築物の保存に関して教訓がいかされた事例がありました。問題になったのは、日吉キャンパスにある寄宿舎です。この建築物は、ノグチ・ルームが入っていた第2研究室と同じく谷口吉郎によって設計されました。まず、寄宿舎建築について少し詳しく見ていきましょう。

寄宿舎竣工当時の写真 竣工当時の日吉寄宿舎。北・中・南の各寮が整然と並んでいる。(撮影:渡辺義雄)

1930年に東京横浜電鉄より土地の提供を受けた慶應義塾は日吉にキャンパスを造営し、谷口は1934年の第1校舎、1936年の第2校舎に続き、1937年に竣工した寄宿舎の設計も担当しました。北・中・南の3寮で構成された寄宿舎は鉄筋コンクリート造で、南向きで天井の高い舎生室には広い窓が取られ、作り付けの家具やパネル・ヒーティング(床下温水暖房)を備えていました。外観はタイル張りによるシンプルな外観で、連続する窓や手すりが直線的なリズムを生み出していて、当時最先端のモダニズム建築のデザインをよく反映していました。寄宿舎はそのデザイン、設備により当時「東洋一」と讃えられていました。

しかしこの建築物が本来の用途である寄宿舎として使用されたのはわずか7年弱の期間であり、戦時中には連合艦隊司令部として接収され、戦後はアメリカ軍に占領されてしまいました。特徴的な円形のローマ風呂はコンクリートで塞がれ、バーやダンス場とされています。返還された後も中寮を除く建築物は寄宿舎として用いられることはなく、ほとんど廃墟のような状態で残されることになったのです。

廃墟 米軍からの返還後、再使用されなかった寮は現在も廃墟同然の状態のまま ©️慶應義塾大学アート・センター/撮影:新良太

そのような状況で、2010年に廃墟同然の寄宿舎周辺の整備計画が持ち上がりました。谷口建築という縁もあり、ノグチ・ルームと似たような展開となりましたが、その経過は随分違っていました。コンペティション案も出揃った後に問題が顕在化したノグチ・ルームとは異なり、寄宿舎問題では最初に専門家を含めた諮問委員会が形成されたのです。諮問委員には、アート・センターの渡部先生のほか、塾内の専門家が多数名を連ねただけでなく、学外の専門家にも委員が委嘱され、意見が求められました。

このことは、専門家の意見を聞かずに解体を決定したことで、元の状態のまま保存することができないだけでなく、移築などに際して多数の問題が浮上したノグチ・ルーム問題の経験がいかされていると考えることができるでしょう。建物の劣化に際して当局だけで破壊を決定するのではなく、建築物の歴史と価値を勘案し、どのように扱うのが適当であるかということを、時間をとって議論する機会が設けられたということは、当局側の態度として大きな変化でした。

諮問事項のなかで諮問者は、寄宿舎の老朽化に際してもっとも優先されるべきは「施設面の安全性」と「快適性・機能性を確保・維持すること」であるとしつつも、一方で「谷口吉郎設計の近代建築史上、非常に価値のある建築であること」、「軍の施設として使用された日本近代史を語る上で重要な遺構である」ということを明記しています。文化財の保存に必要な価値と記憶を共有する下地が形成された瞬間でした。

リノベーションした南寮 リノベーションにより甦った南寮 ©️慶應義塾大学アート・センター/撮影:新良太

南寮をオリジナルに近い形でリノベーションして寮生を移し、残りの2棟を解体するという基本方針を当局は示しましたが、諮問委員会の答申は、3棟同時保存でした。最終的には財政状況などもあり、北寮・中寮は現状維持ということになりましたが、将来的なリノベーションの可能性を残すという意味ではよい判断であったのではないでしょうか。

このように、ノグチ・ルーム解体問題は、ノグチ・ルームにとっては悲劇でしたが、寄宿舎の建築保存には教訓として役立てられることで、一定の貢献を果たしたのです。これは実際の問題として認識される慶應義塾内の事例ではありますが、敷衍することで他大学、あるいは一般の建築物の保存にも資することができるはずです。

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Invitation to Ex-Noguchi Room: Preservation and Utilization of Cultural Properties in Universities――旧ノグチ・ルームへの招待:大学における文化財の保存と活用

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