日本でのノグチ

このステップでは、来日したイサム・ノグチがノグチ・ルームを設計する前に歩んだ足跡をたどります。ノグチ・ルームのデザイン前に彼が旅先で目にした日本の伝統的建築物や、作品制作の基盤となった地など、設計の周辺状況を概観してみましょう。そこからは、単純に日本へ来て空間デザインをしたというだけではない、貪欲に現地の芸術や人と関わる彼の精力的な活動が浮かび上がってきます。

1950年の来日はイサム・ノグチにとって、3度目の機会でした。このとき彼はボーリンゲン財団の助成を得た調査旅行により、ヨーロッパやエジプト、インド、インドネシアを巡り、最後に日本にやってきたのです。戦後初めての来日は前回から19年ぶりのもので、すでに父の米次郎は亡くなっていました。

彼は旧知の画家とともに関西を旅し、京都や奈良などを巡り、多くの日本の文化や芸術を目にしています。それらの中でもノグチ・ルームとの関係で重要なのは、京都で訪れた桂離宮と詩仙堂だといわれています。ノグチがこれらの伝統的建築物の空間デザインから学んだことは巧みにノグチ・ルームの設計に生かされているということは、後のステップで詳しく見ていきます。

^{詩仙堂でくつろぐノグチ。彼は慶應義塾を訪れる前に関西に行っており、そこで日本の伝統建築に触れて刺激を受けている。（『萬來舎』p.52）}

参考：桂離宮（外部リンク）
参考：詩仙堂（外部リンク）

すでに名声を確立していたノグチの来日を日本の芸術家たちは熱烈に歓迎し、彼を温かく迎えました。上野の美術館で開催されていた新制作派の展覧会を訪れたノグチは、そこで谷口らと初めて顔を合わせています。この歓待ぶりは、アメリカ人として見られることを予想していたノグチには意外なものだったといいます。彼らはノグチに対して、彼の作品を撮影した写真による展覧会の開催を求めましたが、ノグチは展覧会を開くからには彫刻があるべきだと考え、作品の制作をはじめます。

このときすでに谷口吉郎から萬来舎（教職員・卒業生（塾員）のための交流の場）におけるコラボレーションを打診されていたノグチは、展覧会に出品予定だったモデルの完成を急ぎました。この彫刻こそ《無》であり、のちにノグチ・ルームが創出する空間芸術の一端を担うことになる重要な作品だったのです。

^{《無》を制作するノグチ（『萬來舎』p.6）}

このときノグチは、親交を結んだ猪熊弦一郎の家に逗留しており、そこから川崎の津田山にある工芸指導所を拠点として制作活動を行っていました。そこでは彫刻だけでなくさまざまな作品が制作されていて、ノグチ・ルームのスツールやテーブルが制作されたのもこの場所でした。またノグチは瀬戸にまで足を伸ばし、テラコッタの作品を仕上げるなど、日本滞在期間中でもっとも多産な時期であったといえるでしょう。

1950年8月に日本橋三越で開催された展覧会には、これらの作品が並ぶことになりました。この展覧会に際しては、谷口も展覧会の展示計画を策定しただけでなく、萬来舎の展示パネルや模型の展示を行なっています。つまり、ノグチ・ルームが完成する以前に、すでに谷口とノグチによるある種のコラボレーションが成立していたのです。

^{1950年に日本橋三越で開催されたノグチの個展を撮影した写真。奥に《無》が見える（『萬來舎』p.54）}