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博士家の秘伝

博士家の秘伝
© Keio University

応神天皇以来、数百年の間、如何にして『論語』が読まれたのか、を知る資料は遺されておりません。

推古天皇(在位592~628)の世になって、聖徳太子(574~622)が制定した「十七条憲法」に「和を以て貴しとなす」等と『論語』の句が引用される受容の跡が見られるようになります。そこで、優秀な人材を育てるために、大学を設け、『五経』や『孝経』や『論語』を学ばしめ、また、『文選』(もんぜん)や『爾雅』(じが)等の文学・文字学等の多方面に亘る教育を行ったのです。その教師として、文章博士・音博士等の博士が設けられたのです。

平安時代の2つの博士家

平安時代になると、京の都に、大学だけではなく、藤原氏・橘氏・大江氏等の民間の学寮も増え、儒学の書のみでなく、『史記』『白氏文集』(はくしもんじゅう)等の幅広い漢文講読が行われ、『文華秀麗集』(ぶんかしゅうれいしゅう)『菅家文草』(かんけぶんそう)また、『和漢朗詠集』(わかんろうえいしゅう)等の著名な漢詩文集が作られました。

そこで、『論語』等の儒教経典を専門に研究講義を行っていたのが、清原(きよはら)・中原(なかはら)の二つの家で、明経博士(みょうぎょうはかせ)と呼ばれ、それぞれの家独特のテキストを持ち、訓読も家説として、その家独自のものを開拓していました。そして、その家の読み方は、門外不出の掟をもって秘せられ、特定の人以外には伝えられることはありませんでした。あたかも、仏教における密教の手法伝授の如き、厳しいものでありました。その家に伝わるテキストはどんなものが遺っているのでしょうか。

中原家本は断簡として遺るのみであります。現在、京都・醍醐寺、東京・東洋文庫、大阪・武田薬品杏雨書屋(内藤湖南旧蔵)、京都・大谷大学(神田喜一郎旧蔵)等に所蔵されるに過ぎず、京都栂尾の高山寺旧蔵のものでは、弘安10年(1286)以前の書写と考えられ、日本では最も古い『論語』の一つです。中原師有(なかはらもろあり)の奥書に「累祖の秘説」とありますが、家独特の秘宝であることを、よく伝えています(fig.1)。

Old Book Fig.1 『鎌倉写論語』
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その後、中原家の学問は伝わらず、室町時代は専ら、清原家の『論語』(fig.2)(fig.3)講読が主流となったようです。

Old Book Fig.2 『清原家論語』
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Old Book Fig.3 『清原家論語』
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清原家はもともと天武天皇の皇子舎人親王(とねりしんのう)の子孫といわれ、平安時代、広澄(ひろすみ)が博士となって以来、平安末期、頼業(らいぎょう)の時に高倉天皇の侍読も勤め隆盛を極めました。鎌倉時代に入ると、頼業の孫、教隆(きょうりゅう)が鎌倉に下り関東に文化を振興し、『論語』の講読も行いました(東洋文庫や宮内庁書陵部にそのテキストが遺ります)。また鎌倉末期から南北朝の初、頼業5世良枝(りょうし)の子、頼元(らいげん)が「論語」講読を行い(大東急記念文庫にそのテキストが遺ります)、室町時代へと学統をつないでいきます。

室町時代の清原家

何と言っても、室町時代を代表する清原博士家の中興の祖は、神道の吉田家から清原家に入った清原宣賢(のぶかた 文明7年~天文19年・1475~1550)でした。国学から儒学に至るまであらゆる書物を講読し、学風は、一世を風靡しました。その自筆の原稿は比較的多く遺ります。宣賢の『論語』講読は夥しい回数にのぼり、例えば、正平版(しょうへいばん)『論語』に書き入れられた奥書等は、宣賢のテキストを写したものでした。しかし、そこに「秘説」とあるように、一定の人にしか写すことは許されませんでした。正長1年(1428)の奥書も、室町時代に清原家のテキストを写したもので、「秘伝」を受けて写したものと思われます。

そして、宣賢の子・吉田兼右(よしだかねみぎ)や、孫の枝賢(えだかた)、釈梵舜(ぼんしゅん)らが室町時代後期に、慶長年間(1596~1615)に秀賢(ひでかた)が活躍し、江戸時代は、秀賢の子、賢忠(かたただ)が起こした新家・伏原家(ふしはらけ)に見るべきものが現れ、『論語』の講読は、伏原家につながれていったようです。しかしながら、江戸時代は林羅山(はやしらざん 1583~1657))の学問が一世を覆い、中世博士家の『論語』講読は衰退の一途を辿ったと言えるでしょう。 なお、こうした清原家の学問を伝えた「清家文庫」が京都大学附属図書館に、国の重要文化財として保管されています。

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