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市河寛斎の『唐詩選』批判

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© Keio University
政治的に、また学問的に、古文辞派から朱子学へという転換がなされた18世紀末は、文学の世界においても、盛唐詩を信奉する古文辞派の詩風から、南宋詩の写実性や詩人の個性を重んじる詩風へと、転換が起きていました。
江戸においてこの転換を推進したのが、昌平坂学問所の教官を辞めて在野の学者として活躍し始めた市河寛斎(いちかわかんさい、1749-1820)です。彼は江湖詩社という結社を作り、菊池五山(きくちござん)、柏木如亭(かしわぎじょてい)、大窪詩仏(おおくぼしぶつ)といった優れた詩人・批評家を育て、この風潮を確かなものにしました。
寛斎の著作に『唐詩選』およびそれを尊重する古文辞派を批判した著作『談唐詩選』があります(図1)。
Old Book 図1 『談唐詩選』文化8年(1811)刊
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全文はグーグルプロジェクトで公開(SEE ALSO[1]参照)
ここで彼は、『四庫全書総目提要』を引用しつつ、『唐詩選』が出版業者が勝手に作った偽書であると主張します。そして、そのようないい加減な本に基づいて校訂出版した服部南郭(1683 – 1759)を批判しています。その内容は、収録された唐詩の本文に誤りが多い、ということです。
単に文学観の違いだけでなく、清代の学問の成果に基づき、明代の出版物を批判することによって、それを信奉する古文辞派を批判する、という論法です。
Old Book 図2 『楊誠斎詩鈔』文化5年(1808)刊
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全文はグーグルプロジェクトで公開(SEE ALSO[2]参照)
『楊誠斎詩鈔』(図2)は、寛斎の弟子である大窪詩仏らが校訂した、南宋の詩人楊万里の詩集ですが、もともと清の呉孟挙・呉自牧編で、『宋詩鈔』という大部の書物から楊万里の部分のみを抜き出したものです。
このように、江湖詩社は、同時代の中国における学問や出版の動向をキャッチして、それを利用しながら日本国内での文学活動を行っていました。その方法は、昌平坂学問所の学者たちと共通していました。
書籍情報と高品質画像は特設サイトでご覧ください。
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